答えは身近に [仕事]

カーネギーの本を読み始めたら、同時に日本の偉人の話も読みたくなり、企業の社長や著名人が歴史上の人物について語っているものを読んでみた。

話はずれるがこれはいつものことでウェルチやドラッカーなどの話を読むと日本の歴史上の人物や企業家などについて書かれたものを読みたくなる。
逆もまた同様。
多分、大学・社会人とずっと海外に触れる状況にいたせいで日本人として日本のことをもっと知るべきという思いがあるのと、
外資系である為だと思うが社内外、特に面接に来る人にいわゆる「外国かぶれ」みたいな人、融合ではなく迎合している人が多いからだと思う。
バランス。

さて本題。

誰もが知ってるある大企業の社長が坂本竜馬を語っているくだりで何かを成し遂げる人・リーダーに必要な素質として「ビジョンや当面のゴール、出口を示し、1人1人がどういう役割を果たすかという意識を浸透させること」と、ある。
これは別の本で読んだのだが竜馬は一般的に楽天的であるところが強調されがちだが、彼ほど相手の立場や気持ちを汲める人はいないと書いてあった。
確かに薩長同盟の際、双方の面子・感情的な対立への配慮が事を成し遂げた大きな要因の1つではないか、と思う。
個人的にこの社長がすごいな、と思ったのは「自分は死ぬほどの覚悟は持てませんから、その言葉に共感しつつ、竜馬の覚悟の深さを羨ましいと思う」と実に素直に書いているところ。
逆に、よく「死ぬ気になれば出来ないことはない」など“意志の強さ”を前面に出す言葉を言う人がいるが(自分も使ったことあるかもしれない)そう言う人は以外と結果は出せないか、実力でない部分(媚、要領、コネ)で結果を得ているような気がする。
この社長は営業担当者から実績を築いて、いくつかの支店長を経て、代表取締役まで実力で登った人であるにもかかわらず、その様な素直な物言いが出来るのはやはりすごい。 偶然だが、先日書いた「弱さを認めた強さ」に通ずるところがあるのではないだろうか。

別の著名人は石田三成について語っていた。
三成は権力(家康)に刃向かって敗者となったせいもあって、一般的にあまりよい扱われ方はされていない。
しかし、ここでは三成ほど企画力に富み、実行力を伴った人物は少ないとし、また豊臣家の為に生きると言う根幹の部分は決して死ぬまでブレなかったと語られている。実際に死後、三成の佐和山城を検分したところ大名の屋敷とは思えぬほど質素だったそうだ。
そのあまりに真っ直ぐな、再び天下が乱れることを憂えた一途な生き方にある大名が言ったそうだ。「あの男は成功した。太閤(秀吉)の寵臣までが家康のもとに媚を売っていたとなれば世の姿は崩れ、人はけじめを失う」と。
果たして今の世の中はどうなのだろう?

吉田松陰について語っている人は「みずから率先して戦略を練り、計画を遂行していく。しかも後継をきちんと育てる。もし近代に生きていればトヨタ・ソニーにも負けない優良企業を創造したに違いない」と言う。
松蔭は人というものを非常に大切にしたそうだ。自分1人で出来ることには限界があることをきちんと理解し「仁愛の人でなければ仲間を作ることは出来ない。仲間を作れなければ物事に勝つことは出来ない。物事に勝てなければ満足に成長していくことが出来ない」と語ったそうだ。
実際に吉田松陰は歴史上も身分に関係なく人材登用を行なった人物とされ、門下から何人もの逸材が出ている。
確かにこの「人を大切にする」と言うことは多くの成功した企業家が異口同音に言っている。「企業は人なり」という様に。
また、彼は「ことおこればことあるところへ行き、ことをなすより外はなし」と言い、徹底した現場主義を貫いた。
この現場主義、以前にも書いたがこれもまた成功者の言葉に本当によく出てくる。
今回も、先の竜馬について語った社長も、別の会長も「現場主義」もしくはそれに類する言葉を使っている。
やはり、これがない会社は成長しないというのは間違いなさそうだ。
それが、日本の風土での事なのか、アジアなのか、欧米でもやはり同様なのかが知りたいと思った。
と、いうことでまた海外の偉人の話を読みたくなった。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。